日本のいちばん長い日

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「戦争か平和か」 と問われたら・・・? 誰だって 「平和」 が良いに決まっています。

その質問こそが愚なのです。

戦争になる様な時は、選択肢に 「平和」 などないんですね。

◆ 戦争のしくみ
  http://rebox.hamazo.tv/e2733217.html

◆ 戦争の原因・・・?
  http://rebox.hamazo.tv/e2577576.html


「蹂躙」 か 「支配」 か 「搾取」か・・・ そうした穏やかでない単語が並ぶのです。

大東亜戦争があり・・・ 終戦の日があって、そして現在の近代日本が有るわけです・・・

日本は敗戦国であり、米国に蹂躙されてきた国だと言う事を

もっとよく知るべきですよね。(私自身も含めて・・・)

そして、いったん始めてしまった戦争を 「戦争を終わらせる」 ことの難しさ・・・困難さ・・・

あらためて、考えなければならない時期なんでしょうね
 
今、この作品がまた、新たに作られたことには大きな意義があると思いますね。


◆ 日本のいちばん長い日
  http://nihon-ichi.jp/

◆ 映画  『日本のいちばん長い日』 の完成報告会見
     http://blogos.com/article/112542/
         http://cinema.ne.jp/news/nihon2015052110/






1.もしもあの時、一歩を誤って軍が暴走していたら・・・・

昭和20年8月11日、外電が日本の降伏受入れ予想を報道し始めると、

支那派遣軍総司令官 岡村寧次大将は次のような激烈な電報を陸軍中央に送ってきた。

数百万の陸軍兵力が決戦を交えずして降伏するが如き恥辱は、

世界戦史にその類を見ず、派遣軍は満8年連戦連勝、・・・百万の精鋭健在のまま

敗残の(蒋介石の)重慶軍に無条件降伏するが如きは、いかなる場合にも絶対に

承服し得ざる所なり・・・ 

海軍の戦力はほとんど失われていたが、当時の陸軍兵力は内地237万余、

外地310万余。 特に支那派遣軍は 「満8年連戦連勝」 の状態で、

いきなり無条件降伏せよ、と言われても 「絶対に承服」 できないのは当然であった。

もしもあの時、一歩を誤って軍が暴走していたら、、、

または、陸軍が抗戦派と和平派の二つに割れて友軍相撃とな り、

そこへ米軍やソ連軍が入ってでも来たら、日本はどうなっていたことか、、、

そして、どれほど多くの日本人が犠牲になっていたことか、、、。

そんなことにならずに済んだのは貴様のおかげだ。

よくぞ無事終戦に導いてくれた。

もと参謀次長・沢田茂中将がこう感謝するのは、

終戦時の 陸軍大臣・ 阿南惟幾(あなみこれちか)である。






2.他愛ない父

父は戦争がなかったら ”他愛ない父” として終わったであろうと思います。

長男・惟敬(これひろ)の言葉である。

阿南は大変な子煩悩で、日曜日は子どもたちをピクニックやデパート、映画などに
   
連れて行き、常に一緒に夕食をとった後はトランプをし、

子どもたちが勉強を始めると、羽織をかぶって寝てしまう。

家族の団欒に このうえなく満足している平凡な父親であった。

父は陸大(陸軍大学)の入試に3度落第し、4度目にやっと合格していたと聞いていたので、

私共も落第や浪人を苦にしなかった一方、「父は頭は余りよくないのだ」と

漠然と思っていました。

陸大受験の頃、阿南は中央幼年学校の生徒監であった。

この職はかなりの自由時間があるので、上司が陸大受験の配慮から

つけてくれたポストであったが、阿南は受験は私事として、生徒指導に全力を尽くしていた。
 
数学の出来の悪い生徒に個人教授をしたり、生徒の日記をよく読んで、注意や批評、

時には和歌までも書き込んで指導した。

阿南が4度目にとうとう合格した時は、かつての教え子達は歓声をあげて、祝賀会を開いた。

結婚してからは、演習地から妻に自らの騎乗の姿をスケッチしたはがきを送り、

その中には 「演習の野に咲く萩を馬蹄にか けまいと」 などと書いている。









3.不思議な縁

昭和4年、42歳の時から4年間、阿南は侍従武官として昭和天皇に使えた。

その半年前に海軍軍令部長であった鈴木貫太郎が予備役編入と共に侍従長として

赴任していた。二人はこの期間に互いに深い尊敬と信頼を抱いた。

後に鈴木が首相として組閣作業を始めた時、最初に陸軍省を訪問して、

阿南の陸軍大臣就任を要請している。

昭和天皇も阿南の無私にして思いやりの深い性格をよほど信頼されたようだ。

8年後の昭和13年、阿南は第109師団長として支那に出征するが、

この時に昭和天皇は阿南を呼んで二人だけで夕食をとられた。

阿南は感激して、次の和歌を作った。
   
大君の深き恵みに浴(あ)みし身は言い遺すべき片言(かたこと)もなし
       
さらに7年後の昭和20年8月15日・・・

阿南は侍従武官時代に昭和天皇から拝領した純白のワイシャツを身につけ、

この和歌を辞世として自決する。
   
終戦は、 昭和天皇、鈴木首相、阿南陸相の見事な連携で実現するのだが、

その十数年前から三者が相互に深い信頼で結ばれていたことは、

まことに不思議な縁であった。







4.軍人は政治に拘わらず

昭和天皇が阿南を信頼されたもう一つの理由は、

阿南が 「軍人は政治に拘わってはならない(政治ニ拘ラス)」 

という明治天皇の遺された軍人勅諭に忠実だった点にもあるであろう。
   
当時の軍部内には様々な派閥争いがあったが、阿南には声も かからなかった。

昭和11年の226事件の時に、阿南は陸軍幼年学校の校長をしていたが、

全校生徒を集め、「農民の救済 を唱え、政治の改革を叫ばんとする者は、

まず軍服を脱ぎ、しかる後に行え」 と顔面を紅潮させ、激しい口調で語った。

この訓示を聞いた生徒の一人は、「校長閣下は侍従武官として天皇のおそば

近くに仕えたお方だから、陛下のお心を悩ませた将校たちに対して、

こんなに立腹しておられるのだろう」 と思ったという。

幼年学校長は 「陸軍3大閑職」 の一つとされ、平時ならこれ

で予備役入りする所であったが、226事件が阿南を陸軍中枢に引っ張りだす

きっかけとなる。

事件後、綱紀粛正のために兵務局が新設され、その看板として

人格高潔な阿南が局長に抜擢されたのである。

その後は人事局長、陸軍次官、航空総監などの要職を歴任し、

陸軍内の誰からも信頼を寄せられた。







5.陸相就任の覚悟

昭和20年4月、昭和天皇のご意志により、鈴木貫太郎が首相を拝命し、

鈴木は即座に陸軍省に赴いて、阿南の陸相就任をとりつけた。
   
これまでに、しばしば見受けたことだが、大臣が自ら責任を負わねばならぬことがあっても、

辞職さえすればその責を逃れたとするような態度は私は絶対にとらない。

将来、責任を負わねばならぬようなことに遭遇したら、本当に腹を切って、

お上にお詫び申し上げる覚悟だ。
       
陸相就任の数日後に、親しい友人に阿南はこう語っている。

鈴木内閣で終戦を実現し、その時は全陸軍を代表して、

死をもってお詫びしようという覚悟で就任したのである。

しかし、その覚悟をすぐにもらしては、全陸軍がついてこない。

阿南は鈴木首相と息を合わせつつ、公式の会議の場では本土決戦を強硬に主張し、

陰では終戦に導くために、議会での内 閣打倒の動きに水を差したり、

米内海相の辞意をなだめたりと、細やかに手をうっていった。
   








6.御聖断下る

8月6日 広島が原爆攻撃され、9日にはソ連が中立条約を破って満洲侵攻を開始した。

9日深夜の第一回御前会議では、 「天皇の国法上の地位を変更する要求を

含んでいない」 という了解のもとにポツダム宣言を受諾しようとする東郷外相案と、

さらに占領、武装解除、戦犯処置などの条件をつけた阿南陸相らの案が対立して、

結論が出なかった。
   
阿南は 「本土決戦に対しても、それだけの自信がある」 

「一億枕を並べて斃れても大義に生くべきである」 と陸軍を代表して強硬意見を述べた。

やがて鈴木首相から、意見の対立がある 以上、陛下の思し召しをもって会議の

決定としたい、との動議がなされ、昭和天皇は初めて意見を述べる機会を得た。
   
私の任務は、祖先から受け継いだこの日本という国を子孫に伝えることである。

今日となっては、ひとりでも多くの日本国民に生き残ってもらい、

その人たちに将来再び立ち上がってもらうほかに、この日本を子孫に伝える方法は

ないと思う。

天皇が涙を拭いながら語られるお言葉を、全員がすすり泣きながら聞いていた。








7.反対の行動に出ようとするものは、まず阿南を斬れ

翌朝、阿南は各課の幹部を全員集めて、御前会議の内容を説明した。

御聖断によりポツダム宣言受諾という結果に、一同は愕然とした。

私が微力であるため、遂にこのような結果になったことは諸君に対して申しわけなく、

深く責任を感じている。しかし御前会議の席で、私が主張すべきことは

十分主張した点については、諸君は私を十分信頼してくれていると信ずる。

このうえは、ただ大御心のままに進むほかはない。
       
として、阿南は、和戦両様の構えで皇室保全の確証が得られるかどうか、

連合国側の回答を待つと述べた。

さらに 次のように、鋭く言い切った。

今日のような国家の危局に際しては、一人の無統制が国を破る因をなす。

敢えて反対の行動に出ようとするものは、まず阿南を斬れ。








8.クーデター計画

アメリカの回答は12日午前1時頃もたらされた。

「天皇の国法上の位置」 に関する日本側の唯一の条件に対しては、

「最終的の日本国の政治形態は、日本国民の自由に表明する意思により

決定せらるべきものとす」 という曖昧な答えだった。
   
中堅将校たちは、このまま国体護持の確約もないまま和平派によって

降伏が決定してしまうことを恐れ、クーデター計画を立てた。

陸軍大臣の治安維持のための兵力使用権を利用し、東部軍と近衛師団を動かして

一挙に和平派の要人を監禁し、大臣の上奏によって天皇に

戦争継続の決意をしていただこう、というものであった。
   
クーデター計画を説明された阿南は、決起反対者もいることから、

「今のような時は、お互いが信頼し合ってゆくことが一番大事である」 と静かに述べた。

頭ごなしに反対せず、血気にはやる部下たちを掌握したまま、

終戦に導いていこうという態度である。
   
決起を促す中堅将校たちの気持ちは、「立たば阿南大臣を首領として全軍一致、

しからずんば個々の散発をさけてただ大命(天皇の命令)のままに」ということであった。

全軍の阿南への信頼がかろうじて暴発を引き留めていた。









9.苦しかろうが我慢してくれ

第2回の御前会議が開かれたのは、8月14日午前11時過ぎからであった。

阿南は国体護持の確約が得られなければ戦争継続という立場から、

もう一度連合国側に照会すべき、と主張した。
   
昭和天皇は、阿南らが反対する気持ちはよく分かるが、

「自分の身はどうなってもよいから、国民の命を助けたい」 と語られた。

御聖断は再び下された。
   
午後、陸軍省に戻った阿南に、若手将校20名ばかりが集まり、

「大臣は、国体護持の確証がなければあくまで抗戦と、主張してこられたはず、

決心変更の理由をうかがいたい」とつめよった。

阿南は絞り出すような沈痛な声で答えた。
   
陛下はこの阿南に対して、お前の気持ちはよくわかる。 苦しかろうが我慢してくれ、

と涙を流して仰せられた。自分としては、もはやこれ以上反対を申し上げることはできない。
       
阿南が天皇との個人的な信頼を通じて語る言葉は、よく大御心を若手将校たちに伝えた。

この後、「陸軍はあくまでも聖断に従って行動す」との承詔必謹の方針が

明確に打ち出された。

その夜、数人の若手将校が近衛師団長を殺害し、一時、宮城を占拠したが、

東部方面軍によってすぐに鎮圧された。
   









10.ポツダム宣言受諾への電撃的ショック

翌15日正午、昭和天皇の玉音放送によって、ポツダム宣言受諾が伝えられた。

同時に全陸軍は阿南陸相の自刃を知った。

阿南が終戦処理を託した 荒尾興功軍事課長は次のように述べる。
   
陸軍は昭和20年8月14日朝までは、戦争を継続すべ きであると考えていた。

然しこの日から、ポツダム宣言受諾の天皇の命令に即刻添わねばならぬことになった。

この天皇の命令に全陸軍が直ちに従うためには、単なる命令だけでは徹底しない。

電撃的ショックを必要とするのである。
       
全軍の信頼を集めている阿南将軍の切腹こそ全軍に最もつよいショックを与え、

鮮烈なるポツダム宣言受諾の意思表示であった。

之により全陸軍は、戦争継続態勢から、ポ ツダム宣言受諾への大旋回を急速に始めた。

それまで激烈な戦争継続要請の電報が前線から来ていたが、ピタリと止んだ。

換言すれば、大臣の自刃は、天皇の命令を最も忠実に伝える日本的方式であった。
       
かくて全陸軍内外550万の将兵が一日にして矛を収め、

無事に戦後の日本再建に向かう道が開かれた。

「軍を失うも、国を失わず」

阿南が14日夜、最後の閣議へ向かう時につぶやいた独り言である。








様々な想いが頭をよぎります。 憲法解釈問題・・特定秘密保護法案・・

日本は再び戦争への道を歩むのか・・? そうではないのか・・?

戦争とは何なのか・・・? 

戦争を始めてしまったら、終わらせるためにはどんな困難が待っているのか・・? 

なぜ、青年将校が、クーデターを起こしたのか・・?

なぜ、本土決戦までして、戦争を継続させようとしたのか・・?

クーデターを起こした青年将校はただの狂信者だったのか・・?

戦争は人々を狂気にするが、本当の狂気とは何なのか・・?








◆ 日本のいちばん長い日
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◆ 戦争のしくみ
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◆ 戦争の原因・・・?
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